大阪地方裁判所 昭和34年(行)69号 判決 1961年8月10日
原告 小崎健新
被告 住吉税務署長
訴訟代理人 山田二郎 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は請求の趣旨として「被告が原告に対し昭和三四年一月一九日付でした所得税更正処分ならびに重加算税賦課処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のように述べた。
一、原告は昭和三三年三月一五日、被告に対し、昭和三二年度の所得税に関し、原告の同年中の課税所得金額を四、二九二、四〇〇円(うち譲渡所得四、一九〇、四〇〇円)、これに対する所得税額を一、六三〇、一七六円とする確定申告をした。被告は、これに対し、昭和三四年一月二九日付で、課税所得金額を一五、五五六、五〇〇円(譲渡所得一五、四五四、五一五円)、所得税額を七、八〇四、一〇五円と更正する処分をし、同時に原告に対し、更正により増加した所得税額六、一七三、九三〇円につき三、〇八六、五〇〇円の重加算税を課する処分をした。原告は同年同月三〇日にその通知を受けた。
二、原告は被告の右更正ならびに重加算税賦課処分に異議があるので、昭和三四年二月一三日、被告に再調査の請求をした。しかしこれは同年五月七日付で棄却され、同月八日原告はその通知を受けた。そこで、さらに、原告は同年六月二日大阪国税局長に対して審査の請求をしたが、三ケ月を経過した現在に至るもまだ右審査請求に対して決定がなされない。よつて所得税法第五一条により本訴を提起する。
三、被告のした更正処分ならびに重加算税賦課処分は違法である。
被告の更正処分の理由は、原告は、原告と訴外株式会社竹中工務店(以下竹中工務店という)との間で昭和三二年一二月六日に成立した別紙目録記載の各宅地(以下本件宅地という)の売買契約により原告が取得した売買代金を一〇、三六〇、八〇〇円として譲渡所得を計算しているが、右代金額は事実に反し、過少であるという点にある。しかし、このような理由には承服できない。
(一) 昭和三二年五月頃、竹中工務店の代理人である岡本勝次は、原告に対し、その所有の本件宅地を買い入れたいと申し込んできた。そこで、原告の父小崎新二は訴外原に右宅地売却の交渉一切を依頼し、同人と岡本とで交渉を重ねた。その結果、昭和三二年一二月六日に、原告の自宅で、岡本、原、それに新二の三名立会のもとに本件宅地の売買契約を締結し、その場で、新二が売買代金として金額一〇、三六〇、八〇〇円の小切手一通を岡本から受領し、同人に原告名義の領収書を手渡した。
(二) 原告が右代金額を基に、譲渡所得を計算して、確定申告をしたところ、被告から更正処分ならびに重加算税賦課処分を受け、再調査、審査の請求をしたことは前述のとおりであるが、右請求を通じて被告の更正処分の理由は次のような事実によることが判明した。
すなわち、右売買契約に関し、(1)竹中工務店の出金伝票によれば、同店は額面各約一千万円の小切手三通で支払いをしている、(2)売買代金を約三千万円とする、売主原好男および原告名義の不動産売買契約書が存在する、(3)原好男名義の約二千万円の領収証が存在する。
しかしながら、(1)竹中工務店が小切手を三通振り出しているにせよ、原告はとにかく一〇、三六〇、八〇〇円の小切手一通を受け取つただけである、(2)売買代金を約三千万円とする不動産売買契約書は、昭和三二年一〇月頃、岡本の懇請により、原告に売買の意思があることを明白にする趣旨で、原告の父新二が原告名義で署名捺印したものと思われる。そのときには金額欄、日付欄、買主欄はいずれも空白のままであつた。原告はもちろん、新二においても、これに記入したことはない。原告は昭和三二年一二月六日の契約に際して作成した代金一〇、三六〇、八〇〇円の契約書しか知らない(3)原好男名義の約二千万円の領収証のことも原告は全く知らない。そのような金を受領したことも、もちろんない。
四、原告の昭和三二年度の譲渡所得は確定申告のとおり四、一九〇、四〇〇円に相違なく、それ以外に譲渡所得はないこと、以上に述べたとおりである。それ以外に原告の譲渡所得があるとしてなされた被告の更正処分、さらには、所得を隠ぺいしたものとしてなされた重加算税賦課処分は明らかに違法である。よつてその取消を求める。
被告は主文と同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。
一、原告の主張に対する認否
原告主張の一、二の事実はいずれも認める。三の事実のうち、原告が本件土地を竹中工務店に売却したこと(ただし代金の点を除く)は認める。その他の事実は争う。
二、被告の主張
被告のした本件更正処分ならびに重加算税賦課処分の理由は次のとおりである。
(一) 原告は、その所有の本件宅地を昭和三二年一二月六日に竹中工務店に売却した。そして、翌年三月一五日に、譲渡所得四、一九〇、四〇〇円(譲渡価額一〇、三六〇、八〇〇円)にその他の所得三〇八、〇〇〇円を加算し、控除額二〇六、〇〇〇円を差し引いて課税所得金額を四、二九二、四〇〇円、これに対する所得税額一、六三〇、一七六円、第三期分の税額一、六〇七、七三〇円とする所得税確定申告書を被告に提出した。
(二) 被告は右申告に関し、譲渡価額を調査したところ、売買契約の代金は三二、二三三、六〇〇円であることが判つた。そこで、被告は所得税法第四四条により、昭和三四年一月二九日付で、譲渡所得を一五、四五四、五一四円(譲渡価額三二、二三三、六〇〇円から、再評価後の取得価額一、一二四、五七一円および譲渡に関する経費五〇、〇〇〇円を控除した額から、さらに一五〇、〇〇〇円を控除した額の二分の一)、課税所得金額を一五、五五六、五〇〇円、所得税額を七、八〇四、一〇五円(増差税額六、一七三、九三〇円)と更正する処分をした。そして、同時に、原告が譲渡所得を仮装隠ぺいした事実があつたので、所得税法第五七条により重加算税三、〇八六、五〇〇円を賦課する処分をした。
以上のとおりであつて、被告のした処分にはなんら違法はない。
右被告の主張に対し原告は「右被告の主張(一)のうち、譲渡所得のほか三〇八、〇〇〇円の所得があること、諸控除の合計が二〇六、〇〇〇円であること、同(二)のうち、本件宅地の再評価後の取得価額が一、一二四、五七一円であること、譲渡に関する経費が五〇、〇〇〇円であることは認める」と述べた。
証拠<省略>
理由
一、原告主張の一、二の事実、ならびに、三の事実のうち、原告が昭和三二年一二月六日に本件宅地を竹中工務店に売却したことは当事者間に争いがない。
二、そこで、本件の争点である、右売買の代金額について考える。
結論を先にいえば、本件売買契約の代金額は、被告主張のとおり、三二、二三三、六〇〇円で原告の代理人小崎新二は右代金を受取つている。
すなわち、成立に争いのない甲第一号証及び乙第一号証、被告主張の如き写真であることが当事者間に争いのない検乙第一、二号証に、証人渡辺勝俊、同岡本勝次の各証言、同原、同小崎新二の各証言の一部、並に、当事者間に争いのない乙第一号証の原本が存在し真正に成立したものである事実を総合すれば、次のような事実を認めることができる。
昭和三二年五月頃、竹中工務店の代理人岡本勝次は、本件宅地の所有者である原告に対し、これを買い入れたい旨申し入れた。ところで、本件宅地は、原告の所有名義になつているが、実際には、原告の父にあたる新二がその管理、処分、一切についての実権を握つていた。同人は、当初この宅地を手離したくなかつたので、竹中工務店の申し入れに応ずる積りはなかつたが、新二の経営する会社の従業員である原告が本件宅地の売却をすゝめたので、新二もこれを売る気になり、原に、竹中工務店との売買の交渉を委任した。そこで竹中工務店の代理人である岡本と原とが、その後なん度となく売買の交渉を重ねた結果、昭和三二年秋頃に、代金約三千万円(坪当り一四万円の割合)で売買することになつた。その後いくらか迂余曲折はあつたが、結局最終的には代金は三二、二三三、六〇〇円と定められ、昭和三二年一二月六日に岡本、原、それに新二の三名関奨のもとに、原告と竹中工務店との間の売買契約が締結された。そして、同日原告の代理人として新二が三枚の小切手で右代金金額を受け取つた。その際、原告側の希望で、代金額を一〇、三六〇、八〇〇円とする原告と竹中工務店が作成名義人となつた売買契約書(甲第一号証)と、代金額を三二、二三三、六〇〇円とする原告、原好男(原の通称)、及び竹中工務店が作成名義人となつた売買契約書(検乙第一号証の被写体)がそれぞれ一通づゝ作成され、これに応じて領収書も原告名義の一〇、三六〇、八〇〇円のもの(乙第一号証)と、原好男(原の通称である)名義の二一、八七二、八〇〇円のもの(検乙第二号証の被写体)と、二通が作成された(二通の金額の合計が、代金額三二、二三三、六〇〇円となる)。小切手を三通に分けたのもこれに呼応した措置で、原告側の要求に竹中工務店が応じたものである。この代金額三二、二三三、六〇〇円の契約書と、領収書二通とは、岡本が受け取つて一旦竹中工務店に持つて帰つたが、右契約書と、代金二一、八七二、八〇〇円の領収書とは、当初から、原告に返還するとの約束があつたので、竹中工務店ではこれを写真に撮つたうえ(検乙第一、二号証)岡本に託して新二に返還した。
以上の認定に反する証人原および同小崎新二の各証言部分は信用できない。
三、そこで所得税更正処分の適否を判断する。
本件宅地の再評価後における取得価額が一、一二四、五七一円であること、譲渡に関する経費が五〇、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。よつて、本件宅地の売却代金を前認定のとおり三二、二三三、六〇〇円として原告の譲渡所得を計算すると一五、四五四、五一四円となる。(所得税法第九条一項前文、八号)
算式
収入金額 再評価後の取得価額 譲渡経費 譲渡所得
32,233,600円-(1,124,571円+50,000円)-150,000円×5/10=15,454,514円
原告には昭和三二年中に、右譲渡所得のほか三〇八、〇〇〇円の所得があること、諸控除の合計が二〇六、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。これと右譲渡所得とから原告の昭和三二年中の課税所得金額を計算すると、一五、五五六、五〇〇円となりこれに対する所得税額は七、八〇四、一〇五円となる。(税率については昭和三二年法律第二七号所得税法改正附則<4>号による附則別表第一に定める税率)
算式
(15,556,500円×57/100)-1,063,100円=7,804,105円
四、次に、重加算税賦課処分の適否について判断する。
前認定の事実によれば、新二は、原告の代理人として本件宅地を代金三二、二三三、六〇〇円で売買したが、二重の売買契約書を作成する等の方法により右代金が一〇、三六〇、八〇〇円であるかのように装つて、原告のために譲渡所得の事実の一部を隠ぺいしたことがあきらかである。原告は右売買代金を一〇、三六〇、八〇〇円として本件確定申告をしたことは当事者間に争いがないから、結局原告は右隠ぺいしたところに基いて所得を過少申告したものである。しかしながら、原告が、右隠ぺいに関し、新二に加担し、又は、本件確定申告に当り右事実を知つていたことを肯定するに足る証拠はない。
そこで、家族又は使用人等の従業者が納税義務者のために所得の事実を隠ぺい、又は、仮装し、これに基づく所得の無申告又は過少申告があれば、納税義務者本人が右事実を知らない場合でも重加算税が賦課されるべきか否かを考えることとする。重加算税の制度の主眼は隠ぺい又は仮装したところに基づく過少申告又は無申告による納税義務違反の発生を防止し、もつて申告納税制度の信用を維持し、その基礎を擁護するところにあり、納税義務者個人の刑事責任を追及するものではないと考えられる。従つて納税義務者個人の行為に問題を限定すべき合理的理由はなく、広くその関係者の行為を問題としても違法ではない。かえつて、納税義務者個人の行為に問題を限定しなければならないとすると、家族使用人等の従業者が経済活動又は所得申告等に関奨することの決してまれではない実状に鑑みて重加算税の制度はその機能を十分に発揮しえない結果に陥ることはあきらかである。(従業者の行為によるときは納税義務者の故意を立証することは容易でなく、発覚したときも従業者自身は重加算税の賦課を受けることはないから、納税義務者が従業者の行為に隠れて不当な利得をはかる虞がある。)したがつて、重加算税の制度上は従業者の行為は納税義務者本人の行為と同視せらるべく、従業者による所得の事実の隠ぺい又は仮装を納税者本人が知らずして右隠ぺい又は仮装したところに基き、所得の過少申告をし又は所得の申告をしなかつたときは、正当なる所得を申告すべき義務を怠つたものとして重加算税が賦課せられるものと解するのが相当である。
さて本件は前記認定のとおり、原告の父新二は本件売却代金を受領するに際して、原告のために右代金の一部を隠ぺいし、右隠ぺいしたところに基づき原告の過少申告がなされたものであるから、原告は、右隠ぺいの事実を知らなかつたとしても、更正によつて増加した所得税額六、一七三、九二九円(一、〇〇〇円未満の端数切捨)に、一〇〇分の五〇を乗じて計算した金額、すなわち三、〇八六、五〇〇円の重加算税を賦課されることになる。
しからば被告のした本件重加算税賦課処分も適法といわなければならない。
五、以上判示のとおりであつて、被告のした本件更正処分ならびに重加算税賦課処分はいずれも違法ではないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 前田覚郎 中村三郎 神田忠治)
(別紙目録省略)